ネムレナイ
読んだ本「虐殺器官」

「虐殺器官」伊藤計劃

【A】

ゼロ年代小説、とはこういうものを言うのだろうか。
一言でいえば、ゲーム的リアル、となる。

意味の喪失、サバイバル、根本的に自己しかない


追跡可能性管理社会、環境追従迷彩、人工筋肉、オルタナ、**ネットワーク、HALOなど多くの設定、ギミックが出てくるが、どれもストーリーおよび主題にかかわるものではなく、ただ「虐殺器官」の世界を構成するためのものである。この点が実にゲーム的である。ゲームをゲームとして成立させるための要素は、特に説明されることも、ストーリーに関わることもない。

そして逆にテーマであるところの「言語という器官」にしてみても、フッと出てきて、いつの間にか小説が終わっている。例えば、Web上での増大するテキストと、虐殺器官という概念をリンクさせてストーリーを進めていけば、より言語に焦点が絞られただろう。

しかし、その必要はないのだ。ゲーム的な楽しみは、ただ動的にプレイすることそのものが楽しいのであって、序盤からはられた一貫したテーマが、終局に帰結することにあるのではない。その意味においても、ゲーム的リアリティなのだ。